四明とは北極星がTwanからPolarisに還る間の空虚な玄天の名 -歳差の話-
比叡山四明岳の「四明」について、このような話がある。
太宰府の後(うしろ)なる四王寺山は古くは四明(のしり)山と呼び 万葉の頃は大野山(おほのやま)と変りました。四明とは倭人伝の烏奴(うと)と漢訳されておりますが かっての ...
続・筑紫の神々は畿内に遷座して故郷発祥の地を凌ぐほどの繁栄隆昌を示している?
前記事で触れた、筑紫の神々が畿内に遷座したという話には続きがある。
筑紫の神々は畿内に遷座して故郷発祥の地を凌ぐほどの繁栄隆昌を示している。背振神社は京都賀茂神社に、現人神社は大阪の住吉大社に生まれ変わって本家本元はまこと ...
筑紫の神々は畿内に遷座して故郷発祥の地を凌ぐほどの繁栄隆昌を示している?
前回の投稿で、最澄に関する背振山周辺の伝承は背振の山岳寺院を権威付ける付会ではなかったかという個人的な感想を書いた。
そうだとすれば、比叡山四明岳を東に見るように上賀茂神社が建てられたという話も怪しくなってきた。