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『儺の國の星拾遺』,水城

天智天皇が水城を疎水式に船を通す湖に切り替えたとして、現在の水城土塁の高さは分水界の標高より低いため、玄界灘から有明海に船で行くには更に高い場所に水源が必要だ。

と言うのが前回の話だった。

*分水界=筑紫野市針 ...

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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』

天智天皇は水城を玄界灘から有明海に疎水式に船を通す湖に切り替えたという。

天智帝(六六二~六七一)は、かつて筑紫の国造磐井(くにのみやつこいわい)(四一八~五二八)がひらいた水城なる瀦水畓(ちょすゐたう)を、玄界灘から有明 ...

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2022年7月19日『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』,水城,遺跡

水城は筑紫国造磐井がひらいた瀦水畓だった、という話を紹介したが、天智天皇はこれを疎水式に船を通す湖にしたという。

天智帝(六六二~六七一)は、かつて筑紫の国造磐井(くにのみやつこいわい)(四一八~五二八)がひらいた水城なる ...

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2022年6月4日『儺の國の星拾遺』,水城

山の麓の平坦な谷間を上手(かみて)と下手(しもて)の二つに別けて、その堺の狭く縊(くび)れたところを仕切って、ここに堤と閘門を置き、冬場は上手に水を蓄え、下手に麦を播き、夏場はここに水を通して早生の水稲を植え、やがて上手の水が空閑(こ ...

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2022年5月30日『儺の國の星拾遺』

瀦水塘の閘門の板扉を揚げて水を落とす時期に輝く星を「板取星」と呼ぶ話を紹介した。(前記事参照)

太宰府市と大野城市にまたがる水城もまた「瀦水塘」だというのが『儺の國の星拾遺』に伝わる話だが、水城の閘門(この場合は取水口の意 ...

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日常

臨済宗の開祖栄西禅師の功績をたたえる三年に一度の大祭が、吉野ヶ里町の修学院とその周辺で行われた。

本来2021年が大祭の年であったが諸般の事情で延期になり、今年も直前まで開催を危ぶまれていたのを無事催行されたのは嬉しい限り ...

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2022年5月21日『儺の國の星拾遺』,水城

水城は太宰側に貯水されたとする説を前々記事で紹介した。

河川工学の専門家によって発表されたこの説は、水城が磐井によってひらかれた瀦水畓だったという伝承を裏付けた形だ。(と思っている。)

水城 ...

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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』,メモ

現在は5月2・3・4日となっている脊振神社春の大祭は、中日3日に神事と上宮御開帳が行われる。

今年は快晴で絶好の日和だった。

ゴールデンウィークで大渋滞にはまり下宮で行われる神事には間に合わなかったが、幟が立っ ...