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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』

太陽の通る黄道から南の星群(ほしむれ)を〝つづら〟という。北の石位を〝かづら〟という。

『儺の國の星拾遺』p.108

真名部氏誕生の経緯とでも言うべき話は、天球を黄道で南北に分ける話から始まる。

物部なる氏族の家 ...

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『儺の國の星拾遺』,メモ

『儺の國の星拾遺』p.204に「荊楚の民族は月の元を下弦(月齢23~25の頃)に定めていた」と書かれている。

丁度半月の頃だ。

 
〝半月〟と言うことは太陽との方位角が90°。

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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』

 

日本人も蒙古人もその遙(はる)かな祖先はAndromeda(アンドロメダ)大星雲を拝していた。神代紀に出る高木神(**たかきのかみ)がそれである。これを大嶽(たいがく)と名付けていた。
 日本は文永元年、蒙古は ...