熊野川・長距離路線バス・十津川村

* 青岸渡寺 の記事に拍手メッセージありがとうございました。

Grazie per essere venuto sul mio sito.

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さて、南紀ドライブ備忘録の続きです。

新宮からは、日本一長い距離を走る路線バスのルートを辿りました。

熊野川沿いに遡上して行くのですが、両側は切り立った崖になっていて次々に滝が現れます。これは感動でした。

そして川の色は緑青色でした。
(一説に鉱物資源があるところはこのような色になるのだとか。球磨川もそうです。)

地元の方が言うには、緑青色なのは雨が降った後で濁っているからなのだそう。
晴れた日はきれいなブルーに見えるとのことでした。

車窓からなのでブレていますが、それらしい色のところを撮ってみました。
熊野川ブルー、いいですね。

志古バス停です。

奈良交通のバス停をはじめ、他社のバス停もありました。
いろいろなルートが交差している場所のようです。

ここには船の発着所も有り、熊野川遊覧を楽しむことも出来ます。

平安時代の貴族などは本宮・速玉大社の行き来に川舟を利用したそうです。

昔からの交通の要所なのですね。

両側に滝や奇岩を見ながらの舟下り、機会があればやってみたい。
(次の機会はあるのだろうか・・・。)

十津川村に入り、吊橋を発見。
すごいところです。
ご苦労が偲ばれます。

十津川村は、地図を見ても風景を見ても、気になるものばかり。

例えば玉置山。

車窓からちらっと見えた山頂が気になって地図で山名を確かめたのですが、山頂の少し下に同名の神社がありました。
検索すると熊野三山の奥の宮と言われているところでした。
(知ってたら他を削ってでも行ったかも。)

何より、その神社の位置がすごいのです。

シームレス地質図で見ると、火成岩の貫入層と堆積岩の境目ぐらいに建っています。
そういう場所だと知っていたかのようです。
しかも参道には枕状溶岩の露頭も見られるとか。

海底で形成される枕状溶岩がこんな山の上にあるなんて。
地殻変動のすごさを実感します。

玉置神社の公式サイトは→こちら

十津川村には何れ劣らぬ由緒と祭禮を持つ神社がたくさんありますが、ふと目に止まったのは小名牟遅神社でした。

〝大名牟遅〟に対して〝小名牟遅〟という認識を持つ人達がいたのでしょうか。
あまり聞かない名称です。

十津川村は、熊野修験道に上書きされる前の古い信仰が残っている場所だと感じました。

青岸渡寺(東牟婁郡) 

西国三十三ヶ所観音霊場第一番札所青岸渡寺。

開基説の中に、4世紀頃(仁徳天皇の時代)にインドから熊野に漂着した裸形上人によるという伝承があるそうです。

仏教はインド発祥なので、インドから来た人が開基したとしても不思議はないのですが、仁徳天皇の時代だとすると『日本書紀』の552(欽明天皇13)年や『元興寺縁起』の538(宣化天皇3)年より200年ほど早いことになります。

また〝漂着〟したとのことですが、本来の目的地は何処だったのか気になるところです。

当時このあたりに住んでいた人とは言葉が違っていたでしょうから、意思の疎通はどうしたのでしょう。
裸形上人が中国大陸か東アジア沿岸を経由していたら、熊野にも大陸の言葉を話す人がいてなんとか通じたのかもしれませんね。
(エルトゥールル号の場合は、国際信号旗で意思の疎通を図ったと言うことです。)

具体的なことを考えると不思議な話ですが、熊野の地が海上交通のクロスポイントだったことを示すエピソードとも言えます。

現在の本堂は、秀吉の発願で建てられた南紀で一番古い桃山建築だそうです。

ここに出る(ここから行く)参詣道がありました。

おそらく花山院も通ったであろう道です。
(『大鏡』の出家の場面は気の毒としか言いようがない話ですね。読み物としては面白いですが。)

石段は山の奥まで続いていました。その名も大雲取越。
時間があれば歩いてみたい道です。
(現在このルートは災害で通れなくなっており、迂回しなければならないようです。)

境内からまっすぐな滝が見えます。

那智の滝です。

ジオパーク巡り中なので早速地質図で確認。

おお、見事に地層の分かれ目にある。

山は花崗岩で地面は堆積岩なんですね。

実際の光景はこうなります。

見えている山々は花崗岩の塊なんですねぇ。

余談になりますが、地図を見ていて気づいたことがあります。

飛龍神社の鳥居から見る滝は、真北から17度ほど西にずれているのですね。

滝に向かって夜空を見上げると、逆さまになった北斗七星から水が流れ落ちて滝に続いているように見えるかもしれません。
玄界灘で見られる〝北斗の水汲み〟の逆バージョンです。

あるいは、天の川が滝の延長上に立つ光景も見られそう。

星の祭の気配はありませんでしたが、ここはそういう場所でもあるようです。

橋杭岩(東牟婁郡)

ブラタモリで見てから一度行きたいと思っていた橋杭岩。

割れ目噴火した溶岩の姿を、そのままの姿で見ることができます。

こちらは国土地理院のシームレス地質図。(byカシミール3D)

橋杭岩付近地質図
カシミールDで作成

濃いオレンジ部分が橋杭岩付近です。

このオレンジの地層がどう分布しているかというと・・・。

潮岬と紀伊大島から北北西方向に同じ地質が線状に走っているのがわかるでしょうか。
こういうマグマの動きだったのですね。

橋杭岩自体にも地質差があり、独特の景観を作り出しています。
訪問時は雨風と満潮が重なってあまり写真が撮れなかったので、南紀串本観光協会発行の橋杭エリアマップから引用します。

それぞれの岩に名前が付けられており、また、弘法大師伝説もあります。

弘法大師が紀伊大島まで橋を架けようとした時の橋杭なのだとか。
だから橋杭岩なんですね。

*テーマのfunction.phpを少し書き換えたのですが、feed配信がうまくいかなかったようなので再アップしました。
 同じ物を見た方がいたらすみません。