板取星 -瀦水塘の水門を開く季節-
水城は太宰側に貯水されたとする説を前々記事で紹介した。
河川工学の専門家によって発表されたこの説は、水城が磐井によってひらかれた瀦水畓だったという伝承を裏付けた形だ。(と思っている。)
水城は筑紫國造
磐井 が雄略帝十七(四七三)年から継体帝十七(五二三)年の間に築堤工事を開始したと伝へられる。この水が現在の石堂川を中にして粕屋一体 を灌漑して百姓を潤す目的であった。(『儺の國の星拾遺』p.105)*一体=「一帯」の誤植と思われるが本文の通りに記載。
灌漑のための貯水池であれば、春になると取水口を開いて水を流す。
この水を流すタイミングについて、『儺の國の星拾遺』に次のような記述がある。
仲春の頃になると川原の岸に赤い莖に紫の
斑 をちらした虎杖 が茎 を立てる。(中略)いたどりが緑の葉に変る頃、瀦水塘の閘門の板 扉 を揚げて水を落とす。冬の間に蓄えた水が下手に移る。これを百姓はいたどりと云った。この時に南の空に明るく光る星が板取星 であった。*閘門=ここでは貯水池の水門の意味
*板取星=うしかい座α星Arctrus のこと(『儺の国の星拾遺』p.105)
取水口の水門を開くタイミングは
イタドリ(虎杖のこと 以下同)は、新芽の頃は赤い色をしているが4~5月頃になると緑色を呈してくる。
完全に緑色になるのはさらに後だ。
取水口を閉じている堰板を取る意味の「板取り」と同音であることから、取水口を開く指標になったと思われる。
また、土手などによく生えており食料にもなるので身近な素材だったのだろう。
その頃空に出ているうしかい座α星(うしかい座で一番明るい星)
瀦水塘の水門の堰板を取る季節に輝いているからだろうが、アークトゥルスは私の実感では5月の一番星で、それだけ日没後の空で目立つ星である。
下図は2022年5月21日19時10分頃の空だが、西にあるシリウスは夕焼け空の中にあるので目立たず、乙女座の一等星スピカより明るいので目に付く。
野尻抱影氏が集めた星の和名では、「アークトゥルス」は「ムギボシ(麦星)」「ムギカリボシ(麦刈星)」「ムギウレボシ(麦熟れ星)」と呼ばれていたそうだ。
麦を刈り入れる頃になると、日没後にアークトゥルスが頭上に輝くことからついた名だという。
その頃日没過ぎのアークトゥルスは確かに天頂近くにある。
(麦の収穫は品種や栽培地の気候にもよるのですべてがこの通りではない。)
高度が低い星だと周りの山や木に隠れることがあるが、天頂近くの星ならどこからでも確認できる。
カレンダーのない時代、アークトゥルスが東の空に見え始めるのは麦の収穫が近づく合図であり、日々高度を上げていく星を見ながら人々は次の農作業の準備をしていたのではないかと思った。
2022/05/26 追記
発掘調査で出土した水城の取水口は「板扉」ではないが、取水口を堰き止めているものを外し田に水を引くことを広く「板取」と表現しているようだ。
次回は発掘でわかっている水城の構造について触れたいと思う。