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『儺の國の星拾遺』,メモ

大伴家持(七一八~七八五)が、太宰権帥(だざいごんのそつ)大伴旅人(六六五~七三一)と共に ...

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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』,メモ

 筑紫を〝つくし〟と読むのは大和の上方の士族(*ママ)であった。地元は今に至るまで筑紫を守 ...

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『儺の國の星』,『儺の國の星拾遺』,メモ

現在は5月2・3・4日となっている脊振神社春の大祭は、中日3日に神事と上宮御開帳が行われる ...

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『儺の國の星拾遺』,メモ

比叡山四明岳の「四明」について、このような話がある。 太宰府の後(うしろ)なる四王寺山は古 ...

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2022年4月5日メモ

前記事で紹介した、最澄が猿田彦命を山王として比叡山の日枝神社に祀ったと言う話は、福岡県那珂 ...

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2022年3月4日『儺の國の星拾遺』,メモ

『儺の國の星拾遺』獅子座δ星Duhrの章で「なかてのほし」の名が出、そこから中世の宗像沖ノ ...

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2022年2月26日メモ

『儺の國の星拾遺』にある「中轅星」(獅子座δ星Duhr)の章を読んでいる最中だが、関連して ...