彗星と黒白の祭祀
暗黒の宇宙の彼方から白一条の彗星が大地に近づく。祖先はその白い光が地上の生命の源であったと信じてきた。(『儺の國の星拾遺』 p.50)
彗星が黒い空に白い尾をひくところから、黒と白が象徴的意味合いを持つことになったようだ。
玄白(黒白)の
玄白とは陰唇の色調を漢語に容約した形容である。百姓は卯月の頃若草を外し、黒い生土を掘り起し空の白さを映す溝を開く。自ら成さずして玄白の理を心得ており、もって秋には神前に黒酒白酒をささげて、又来る年の豊饟を祈ってきたのである。
*玄白=黒と白
*太字はnakagawa(『儺の國の星拾遺』 p.50)
そんなことがあるのかと思うが、三嶋大社の「お田打ち 」では確かに〝黒白の色彩〟が存在する。
白い面の翁と黒い面の婿によって行われるのだ。
どうやら稲作と黒白を結びつける何かしらの発想があるようだ。
「秋には神前に黒酒白酒をささげ」ることについても、古くは萬葉集に読まれ、現在も新嘗祭・大嘗祭で行われていることだ。
ここにも稲作と黒白が結びついている事が見て取れる。
【原文】
廿五日新甞會肆宴應詔歌六首
(中略)
四二七五 天地与 久万弖尓 万代尓 都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎【訳文】
二十五日、新甞会 の肆宴 にして、詔に応ふる歌六首
(中略)
四二七五天地 と久 しきまでに万代 に仕 へ奉 らむ黒酒白酒 を*太字はnakagawa
(『訳文萬葉集』鶴久編/おうふう)
これまで紹介してきた伝承からすると、稲作に黒白が関係する背景には彗星のイメージがあることになる。
(詳細は過去記事→「籾種の変異は里よりも山」・「突然変異と適者適存の56億7000万代」・「彗星は天浮橋の物語」参照)
稲作の色として黒白を尊ぶ由来が彗星にあるとすれば、驚くべき話だ。
ただ、黒白というのは稲作に限らず広く祭祀に用いられる色だ。
鯨幕がよい例だろう。
弔事のイメージが強いが、元々は神聖な色とされていた。
今も皇室や神社の祭礼で用いられている。
ところで、鹿島神宮の祭祀において勅使・献幣使の祓戸、行宮右隣の行宮神饌所に用いられる幕は鯨幕(黒白)です。現在では弔事のイメージが強いと思いますが、弔事で使われ始めたのは昭和初期と言われます。古来黒色は高貴な色である為神事では古来よりこれを用いており、皇室の慶事でも鯨幕を用います。 pic.twitter.com/ISkAHDBr82
— 鹿島神宮/kashima-jingu【公式】 (@kashima_jingu) May 9, 2020
陰陽を表す太極図も黒白で描かれることが多く、黒白を尊ぶ理由には様々な要素が絡んでいそうだ。
稲作と黒白が結びつくのは彗星だけに由来するのではなく、彗星は色々ある要素の一つなのかもしれない。
あるいは真鍋家および近縁の氏族の理解の仕方、ではないかとも思う。
全く話は変わるが、「黒酒白酒」に関連して紹介したいものがある。
それは伊川県南寨遺跡で出土した夏時代(前18~17世紀)の 白陶盉・黒陶盉だ。
祭祀に使われていた酒器で、白と黒が対で用いられていたらしい。
これがルーツとは言わないまでも、なんとなく「黒酒白酒」に通じるものを感じたのだが、どうだろうか。