今日は福岡も雪景色です。

松の内も過ぎたので、しめ飾りをほどきました。

これは水道の蛇口につける”しゃくし”です。
昔は井戸につけて水神への感謝を表したのだそう。

博多では除夜の鐘を聞くと「若水」を汲みます。この若水で元旦の洗面をしたり、ぞうに、大福茶といろいろ使います。家長か長男の役目ですが、この若水汲みをはじめ博多の元旦行事のすべては、生活の周囲に対して「今年もよろしく」という願いと感謝が込められているようです。
若水を汲む井戸に「しゃくし」と呼ぶしめなわをつけるのは潔斎のほかに、水神さまへの感謝の表現です。いまでも水道の蛇口に「しゃくし」をつけ、除夜の鐘のあと汲んだ水で神棚のサカキの水を替え、洗面に使う家庭が多くなっているようです。(博多のしきたり「若水」 より)

水源と杓子の組み合わせとなると、北斗七星を表現したのではないかと思ったりします。北辰を水源とみる考え方があったそうですから。

地域によっては玄関に飾るようで、「福をすくう」にかけていたり、くぼみに神様が宿るともいうそうです。

地域によって違うのですね。

ステイホームの中で、楽しいことを見つけていきたいと思っています。
今年もよろしくお願いします。

神鉾神社(久留米市)

久留米市竹野の神鉾神社。
祭神は八千矛神です。

社殿は階段になっている参道を上った小高いところにあります。

すぐに鳥居が現れます。

次の画像は、鳥居をくぐった後振り返って撮ったもの。
鳥居の足にたくさんの盃状穴。
手水や灯籠・狛犬の台座、参道の石段にあるのはよく見ますが、これは初めて見るパターンでした。

台輪があるタイプの鳥居です。

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葦舟の〝あさくら〟と観音塚古墳(朝倉郡)

エジプトのパピルス 舟が古代日本にもあり、当時干潟だった筑後平野に往来していたものを、特に〝あさくら〟と呼んでいた話を紹介しました。(前記事参照)

この時頭に浮かんでいたのが、朝倉郡筑前町の砥上観音塚古墳です。

奥壁にたくさんの舟が描かれていて、被葬者は舟と関わりが深かったと思われます。

現地案内板の図をトレースしてみました。

壁画に舟が描かれた古墳は他にもありますが、これほど多いのは珍しいのではないでしょうか。

図を見ると、舟の胴体には膨らみが無く、底が浅かったことがわかります。
また、舳先と艫が上を向いています。

私にはパピルス 舟の「軸とともを中空に張りあげた形」に見えました。(詳しくはこちら

中には舳先か艫の片方だけ上がっているものや、平らなものもありますが、葦舟には片方だけ高く上げたスタイルもありますから不自然ではありません。
(「使っている内に 葦パピルス が水を吸って重くなるので、空中に結い上げていた軸艪を降ろして浮力を補った」ということですので、ある程度使い込まれた舟の様子かもしれません。)

筑後平野が干潟だった時代と古墳が作られた時代にどのくらい開きがあるのかわかりませんが、〝あさくら〟と呼ばれたパピルス 舟の記憶がここにあると思えました。

思い込みで物事を見れば、何でもそう見えてしまうケースかもしれませんが。

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