天之御中主を祀る葛城神社妙見宮(築上郡築上町)

築上町にある葛城神社妙見宮に行きました。

京築アグリラインという広域農道の、葛城トンネルそばにあります。(この山は「葛城山」なのですね。)

トンネルの西口付近に神社への進入路があります。

そこを入ると駐車スペースと鳥居があるのですが、ここは神社脇の入り口で正面ではありません。

正面はというと、どうやら左に少し見えている鳥居のようです。

正面にある鳥居に行きました。

参道が池の中に続いています。
川や海の側ならまだしも、こんな山の中で船で参拝するのだとしたら珍しいことです。
(昔は池に橋が架かっていたと言う話をみかけました。とすれば、結構長い橋がかかっていたことになります。それも不思議。)

鳥居から社殿を見たところ。

妙見宮と小さく付記されている「葛城神社」の社号石碑。

拝殿を横から。

祭神が書かれた案内書。(こちらでは社号を葛城神社妙見宮としている。)

末社に田原神社、馬見神社とあります。これは福岡県神社誌には載っていない神様です。(田原と言えば三重県、馬見と言えば嘉穂の馬見神社を想起しますが、一体どういうことなのでしょう。)

神社の由来を書いた案内板。

神社の発祥は葛城山に星(おそらく隕石)が降ったことだそうです。
元々は星が落下した葛城山頂にあったのが、後世この地に遷ったとのこと。

なにげに妙見三神と書かれていますが、造化三神が妙見三神だというのは初耳でした。
歳差運動のため北天の星は変わりますから、時代によっては北斗七星が充てられることはありますが。

神紋は九曜。

豊前に入封した細川氏の庇護が由来かと思ったら、星のお告げで縁起したので星をあらわす九曜紋なのだそう。

『儺の國の星・拾遺』によれば、葛城はもともと北天に関係する名称となっています。
だとすれば、この地には古い星読みの伝統を持つ人達がいたのかもしれません。
承保年間という比較的新しい時代の創建ですけれど。

境内には御神木。

233号線から行くことも出来ます。

初御代桜(那珂川市)

この時期那珂川市の山田交差点から岩戸城跡を見ると、ふもとにピンクの塊が見えます。

ちょっと思い立って立ち寄ってきました。

個人のお宅なのでブログに載せるのはどうかと思っていたのですが、駐車場の案内まで出ていて今やすっかり町の名所。
(とはいえ、ご厚意で解放してくださっているので、ご迷惑にならないようにしたいものです。)

この花は「初御代桜はつみよさくら」という切り花用の園芸種です。

見ると確かに枝が細く、花がたくさんついています。

メジロがたくさん居てかわいかった。

タブレットではこれが限界で、風もあったのでボケボケですが、ちらっと写っています。

桜は切らない方が良いとされていますが、この種は切っても木が弱らないそう。
いいなあ。植えてみようかな。

裂田溝さくたのうなで公園が駐車場で、神功皇后伝承のある用水路を見ながらの散歩も楽しい。

途中に神功皇后お立ち石なるものがありました。

拡大。

『儺の國の星』読書メモがすっかり停滞しております。
デネボラを拝して舞う夜神楽の話が難関で、秋分元旦からミトラ教に行ったり、三拍子の踏歌からケルトのジグに行ったり、すっかり迷子。

ほんと何してるのかと思うけれど、こういうのいろいろ調べるのが好きなんです。

調べるって言うか、関係ありそうな本を探して読んでるだけなのですけれど。

有意義な暇つぶし?ですね。はい。

*難解ですよねーと言われたので補足。
難解ではありません。あくまでも難関。
(文章は難しくないし、ヒントもたくさんちりばめられてます。自分の受け皿の問題。)

織島神社 立砂(小城市三日月町)

小城市にある織島神社。

参道の上を長崎自動車道が横切っていて、ちょっと見通しが悪い感じ。

鳥居は柱頭に台輪があります。

一の鳥居をくぐり長崎自動車道の高架をくぐると境内です。

ここは元々八大龍王を祀っていたのだそうです。
明治の神仏分離令で神社の体裁となり、地名を取って織島神社になったとか。
地元の人からは「龍王さん」と呼ばれていて、お祭りは今も「龍王さん祭」となっています。

社殿は村の氏神様という雰囲気でしたが、珍しいことに立砂がありました。
この時期限定なのかもしれません。

立砂と言えば上賀茂神社にあるものが有名ですね。
神が降りるという円錐形の砂山です。
   ↓

ここに立砂がある理由を知りたかったのですが、地元の方を見かけませんでしたので聞くことが出来ませんでした。

境内に三日月町指定天然記念物第一号の樟があります。
(写真を撮り忘れました。)

こちらは天然記念物とは別の樟ですが、立派でした。

神楽殿風の建屋。

彫りが薄れてよくわかりませんが、三つ柏紋らしきものと釣り竿らしきものが彫られた石碑。
そうであれば恵比寿様ですが、梵字と仏像にも見えますね。

蚕を祀る碑もありました。
江戸時代は養蚕が盛んだったそうです。

三日月町は和名抄に「甕調みかつき」と書かれている古い土地です。
周囲には気になる神社もいくつかあり、ゆっくり回るといろいろ発見がありそうでした。