國崎八幡神社(京都郡苅田町)

國前臣祖菟名手(くにさきのおみのおやうなで)」を祀る神社があると知り、出かけました。

景行天皇が周芳娑麼(山口県防府市)にいた時、筑紫に様子を見に行かせた先遣隊の一人です。(『日本書紀』)

又『豊後国風土記』によれば、瑞兆があったので「汝が治める国は豊国と言うべし」と言われ、豊国直(とよのくにのあたい)姓を与えられたとされます。

いわば豊の国の始まりの人。

祀られるようになった経緯(いきさつ)が『福岡県神社誌』に書かれています。

一条天皇(980年~1011年)の永延年中(987年~989年)に神霊が現われ、祀るよう告げたとのこと。



田園地帯にこんもりとした社叢があり、一目でわかります。
(全体像を取り忘れたのでストリートビューです。)

横参道です。道路沿いに駐車場があります。
こちらの鳥居は大正時代の物。

二ノ鳥居。(だと思います。離れたとこに鳥居がなければ。)
台輪付きで元禄の年号が読めました。

階段を上るとかわいい狛犬がお出迎え。

一瞬「肥前狛犬?」と思いましたが、よく見ると上半身のディティールが細かく、表情も違います。

向かい合っているのでもなく、ちょっと不思議な視線方向でした。

本殿。

境内は結構広く、とてもきれいにされていました。
(ここ2年ほどの短い間に劇的なドラマがあったことを、後から知りました。)

そして小さな祠や立石も。
ここも何かお祀りされていたような雰囲気。(古墳っぽい?気も。立石は古墳の石材だったりして。)

帰ろうと振り返ると
視線の先に馬ヶ岳が見えました。

拡大します。
馬ヶ岳だぁ。(大好き。)

あそこが馬ヶ岳と言うことは、正面は御所ヶ岳でしょうか。

奥に英彦山も見えていますね。



御朱印を戴いたのですが、個人的にテンションが上がる印が押してありました。

宝珠と青海波と違い剣です。

それでみやき町葛城神社のこれを思い出しました。

何に見えるか周りの人に聞いてみると、真ん中は宝珠で一致するのですが、それ以外は蜘蛛だ蟹だと意見が分かれておりました。

私はというと、布と剣に見えていたのですが、賛同者がなさそうなので黙ってました。

今こうして國崎八幡神社の御朱印にハッキリ宝珠と剣の取り合わせがあるのですから、葛城神社のも剣と宝珠でいいかもしれないと思えます。

調べると、左右に剣があるのは〝中二つ剣紋〟or〝二つ剣紋〟というそうです。

また布系で検索していたら、〝熨斗紋〟と言うのが出てきました。

熨斗の材料はアワビだから、葛城神社のこれも宝珠と剣と海がモチーフと言えるかもしれません。

さらにさらに。

國崎八幡神社の御朱印にある〝違い剣〟で思い起こすのは〝亀甲違い剣紋〟です。

共通点は何だろう?ただの偶然?

印は以前からお宅にあった物で、いわれはわからないそうです。

神社の幔幕には巴紋がありましたので、こちらの物ではなく兼務されている神社の物かもしれませんね。

個人的には、豊玉姫の干珠満珠だったりしないかなぁと妄想しています。
(青龍窟の窟神社も兼務されているそうです。)

色々内容がある神社でした。

2022年1月7日

Posted by nakagawa