彗星の間隔七十六歳 太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界
前記事〝「翼」は宇宙の彼方から飛来する彗星の門であった〟の続き。
前記事のポイントは次の二点。
-
1、古代中国で彗星は鳳凰に例えられ、二十八宿の一つ「翼」あたりに現れた。
2、彗星が現れると
以上を踏まえ、二十八宿の「翼」に現れたという彗星について考えていきたい。
本文
まずは本文を引用する。
胡人は彗星を鳳凰にたとえた。その間隔七十六歳、太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界であった。
(『儺の國の星拾遺』p.51)
短い中に情報が詰まっているので、一つずつ見ていこうと思う。
その間隔七十六歳
〝その間隔七十六歳〟とある。
周期76年の彗星ということだ。
周期76年と言えばこれはもうハレー彗星である。
二十八宿「翼」に現れた彗星というのはハレー彗星とみていいだろう。
太陰暦を太陽暦に調節する
ハレー彗星の周期76年は〝太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界〟であるという。
どういうことだろうか。
まず〝太陰暦を太陽暦に調節する〟について。
太陰暦は月の満ち欠けに基づいた暦だ。
周期はおよそ29.5日。
これを1ヶ月の単位として12ヶ月で一年とする。
29.5日×12=354で、1年はおよそ354日となる。
一方太陽暦の1年はおよそ365.2日である。
太陰暦は太陽暦より約11日短いことになる。
1年で11日のズレは年を重ねるごとに拡大していく。
日付と季節も合わなくなるので、どこかで太陽のスケジュールに合わせる必要があるということだ。
メトン周期のこと
太陰暦を太陽暦に調節する一つの方法として、3年ごとに閏月を入れるというのがある。
3年で約33日ずれるので、ちょうど一月分をダブらせて合わせるのだ。
しかし、これでもズレは残る。
どうすればもっと差を小さく出来るだろうか。
ここで、上の図をよく見ていただきたい。
太陽暦で2021年6月16日から一年ごとの同日同時刻の月の位置を示している。(拡大推奨)
これを見ると、2021年6月16日の月は「しし座」にあり2022年6月16日の月は「いて座」にあるというふうに、同日同時刻でも年ごとに月の位置も形もバラバラであることがわかる。
だが、19年後の2030年に再び「しし座」に現れている。
しかも月の形もほぼ同じである。
同じ日に同じ月が現れるというのは、太陰暦を太陽暦に調節する目安としてピッタリだ。
この時を基準にすればよい。
実はこれはメトン周期と言って、昔から閏月を入れる回数を求めるのに用いられていたものだ。
簡単に言えば太陽暦と太陰暦の最小公倍数ということ。
太陽年の19年は何日か計算してみると、365.2日×19=6938.8日である。
この6938.8日を月の朔望周期29.5で割ると、6938.8日÷29.5=235.213559322・・・で、約235となる。
(大体同じになるけれど、本当はこういう計算の仕方ではないのでご注意を。)
よって「19太陽年と235朔望月は等しい」と言える。
これがメトン周期だ。
カリポス周期のこと
メトン周期の「19太陽年と235朔望月は等しい」は、完全に一致しているわけではない。
やはり長い間に誤差は大きくなっていく。
そこで登場したのがカリポス周期だ。
「76太陽年と940朔望月は等しい」とするもので、これによってメトン周期のズレが修正された。
そう、ハレー彗星の周期76年に意味があるのはこれ故なのだ。
太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界
そもそも地球や月の運動は整数ではなく、小数点以下何桁まで計算するかの世界だ。
あくまでも近似値である。
76年でも完全に一致するわけではない。
太陰暦と太陽暦を調節するのに、もう一つヒッパルコス周期というのがある。
「304太陽年は3760 朔望月」と等しいとするもので、カリポス周期より更に誤差が小さい。
だが、304年というのは人間の寿命を考えると長い。
カリポス周期の76年であれば、一生のうち一度はその時を迎えられる。
長生きすれば、若いときの計算を晩年に確かめることも出来る。
筆者が〝時間的領域の限界〟と表現したのはそういう意味だと考える。
最後に
改暦や暦正は為政者にとっても民にとっても大変なことだ。
そろそろ調整をしなければと思っていても、タイミングが難しいこともあるだろう。
人々に広く知らせ、納得させる必要もある。
それをハレー彗星という見える形で知らせることが出来るとしたら、うってつけの装置だと思う。
『竹書紀年』の堯帝や成王の記事は、その様子を記したのではなかったかと思う。