都府楼の夜桜2018

都府楼の夜桜
都府楼の夜桜

都府楼に夜桜を見に行きました。

昼間はたくさんの人で賑わっていますが、ライトアップされていないので夜は真っ暗。
(この画像は同行者のスマホで照らしてもらって撮りました。)

でも、暗闇からさざめく声がします。子供たちの笑い声も。

あえてここに来ているということは、静けさを好む人たちでしょうか。
思い思いにランタンを灯して車座になり、語り合っているのでした。

都府楼の夜桜
花ざかりの都府楼で夜のピクニック

折しも満月。

都府楼の夜桜
都府楼の夜桜

目が慣れてくると、たくさんの人で賑わっていたことがわかりました。
三世代ファミリー。
学生グループ。
犬の散歩をしている人。

子供たちは走り回ってケイドロ(鬼ごっこ)をしています。
さっきの笑い声はこれでした。
月明かりの中、無心に遊ぶ子供たち。
なんとも言えない神話的な時間が流れていることを感じます。

カラオケもなく、酔っぱらいもいない、不思議と心地よい空間でした。

みゆき稲荷と桜

御幸稲荷からの景色
御幸稲荷からの景色

インスタ映えスポットとして有名なうきは市の浮羽(うきは稲荷です。
地元の人は御幸(みゆき稲荷と呼んでいます。
景行天皇の伝承があります。

すごく眺めが良かった。

手水からも眺めが良くて。
  ↓

眺めのいい手水
眺めのいい手水

参道脇の大きな石も眺めが良くて。
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眺めのいい石
眺めのいい石

鳥居がやっぱりステキで。
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御幸稲荷からの眺め
御幸稲荷からの眺め

桃の産地なので桃の花が満開でした。
近くの桜の名所とのコラボ。
  ↓

流川の桜と桃
流川の桜と桃

昨日の記事、猿太星に爰女星(さるめのほしの別名があったことを書き忘れていたので追記しています。

猿石はここに置かれて猿田彦になった

大和高取城
大和高取城

いつものようにブログやツイッターを巡回していると、猿田彦に関連する投稿を目にすることが重なりました。

これは書けということかしら?

『那珂川の歳時月例』という本に、猿田彦の碑は北欧の夏至祭りの立柱(メイポール)が起源みたいな話がありまして、フェイスブックで少し紹介してそのままになっていたのです。

猿田は猿田で、「赤米を作る田」のことと『儺の國の星拾遺』に書いてあり、まだ日本書紀も古事記もない頃の話となっていますので、当然この時点で猿田彦神とは関係ありません。

遙か昔のとある地域で、夏至を祝う時期と米の収穫を祝う時期が重なって、二者が習合したのではないか?と思ったりしています。二つの民族が居たのかも。

その後、人の移動とともに広がって、いつしか神格が生まれ名前ができ、時代ごと土地ごとにいろいろな役が被さっていった?
もちろんそう単純な話では無いと思いますが。

近世になると猿田彦神はすっかり定着し、「サル」という音と動物の「猿」が通じて猿の姿で表されるようになりました。

例えば、欽明稜の猿石。

高取城の登城路にこのように置かれています。

ここに置かれることで猿田彦神になったかのよう。まるで道祖神です。


どうでもいいことですが、高取城への道ってこんなです。
比高日本一ですって。
頑張りました。