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Alkes⑧ 北辰妙見信仰以前はすべて翼が万民の事始め

二十八宿の一つ 翼
二十八宿の一つ 翼 stellariumで作成
 コップ座のアルケスは中国式星座二十八宿の一つ「翼」を構成する星でもあります。
 
 『儺の國の星拾遺』によれば、北辰妙見信仰以前はこの「翼」が万民の事始めの星だったとのこと。

北辰妙見が生命の始元という信仰が現れる以前は、すべて翼が万民の事始めになっていた。

(『儺の國の星拾遺』p.49)

 〝北辰妙見信仰が生命の始元という信仰が現れ〟たのは、おそらく前漢の武帝が北極星(太一星)を祀ってからのこと。(『史記』封禅書/郊祀志上)
 その後道教の神として民衆に広がりました。

 となると、北辰信仰以前とは、前漢武帝時代以前と言うことになります。

 本文には『竹書紀年』に書かれた堯帝時代の彗星に関するエピソードが登場しており、確かに今から四〇〇〇~四三〇〇年前、紀元前二〇〇〇~二三〇〇年頃は彗星が重要視されていたことがうかがえます。

 何とも興味深い話です。


 
 だから「翼」が事始めの星座(星宿)だというのは、この方向に彗星が見え始めることから来ているのですね。(それも周期と軌道がわかっている彗星。つまりハレー彗星。)

この星座のあたりは、古来よく彗星の見えはじめる空間である。(中略)古人は星に生命の発祥を求めていたから、稲を植え水を取る季節にあわせて星の 在處ありかをさがしていたのである。
  (中略)
解体新書は安永三(一七七四)年に完成し、蘭学事始は文化十二(一八一五)年の擱筆である。四月を特に選びしは、古今彗星の翼に出づる例、卯月に多きに寄せたところである。

(『儺の國の星拾遺』p. 49)

翼は宇宙の彼方から飛来する彗星の門であった。

(『儺の國の星拾遺』p. 50)

 引用文中の“古人は星に生命の発祥を求めていた”というのは、今に通じる発想ですね。『儺の國の星拾遺』p.231にも同様の表現があります。知られていた話だったようです。
 『儺の國の星』p.104には、

宇宙の彼方から天降る光が突然変異を起こすことによって、思はぬ近い未来に神品新種を期待してきた歴史があったのである。

とも書かれていました。

 地球の生命は隕石がもたらしたという説があります。また実際にそういう隕石が発見されています。→Organic matter in extraterrestrial water-bearing salt crystals
 

 宇宙は生命をもたらすものであり、その使者が彗星だと考えていたのなら、彗星が現れる星空つまり「翼」宿を、“始元”と捉えるのは道理です。

 それから、翼に彗星が見えるのは卯月が多かったから四月も事始めの月になったと言う説も書かれていました。
 
 現在、行政の年度初めが四月になっているのは明治期の別の理由からですが、いくつかハレー彗星の回帰をシミュレートしたところ、確かに4月~5月に明け方の東空に見え始める例がありました。
 四月を始まりとすることにあまり抵抗がないのは、そういう概念があったからかもしれませんね。

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 ここからは余談になります。

 三皇五帝時代というと、神話や伝説の話だと思われていましたが、近年堯帝時代の遺跡が発掘され、実在した王朝だったことがわかっています。
 
 堯帝の話は今後も登場しますので、よかったら堯帝時代の天体観測施設とされる遺跡をご覧ください。

 この時代に既にこのような観測が行われていたことを心にとめていただけると嬉しいです。

 16分10秒あたりからの太陽観測遺跡の半円状の立柱群は感動的です。

人民網日本語版の記事



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