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真名部なる氏族が太宰府に直属する① 真名部とは?

真名部なる氏族が太宰府に直属する
 前記事の最後に、藤原氏の裔である筆者の家系に物部氏の天文計算術が伝わっていたのは、「太宰府に直属する真名部なる氏族」に関係しているのではないかと書きました。

 その「真名部なる氏族」について引用します。

 やがて天文算数の名家が代々このことに任ぜられるに及び、真名部なる氏族が太宰府に直属することになるのである。物部なる氏族の家系は、元来は星辰を祭る家系であって、その先祖は近東にあった。いつの頃か羌人中臣の氏族と和睦して、背振の北と南を領有していたのである。
 “ふれ”の言葉がしめす通り、恒星に対して遊星、彗星は振れ動き、又、揺れ偏りて、その位置が定まることがない。その僅かな方向の差別を物部中臣の両氏は“つづら”と“かつら”にわけて、その観測記録を撮り続けていたのであった。

(『儺の國の星拾遺』p.109~p.110
*太字はnakagawa)

 このこと=太陽・月・星の動向から暦を策定すること
 つづら=黄道から南の星空
 かつら=黄道から北の星空

 まだ中臣氏の時代に、物部氏と協力して星空を観測していた、と書かれています。

 ここに藤原氏と物部氏の接点がありました。
 
 地軸は公転面に対して傾いていますから、北空と南空では星の様相が違います。そこを分担して、うまく全天をカバーしていたのですね。

 そんなふうに星空の観測をするのなら、当然両者は緊密な関係だったことでしょう。

 地理的にも近く、物部氏の技が藤原氏の裔である作者の家系に伝わっていたことも道理です。

   ||***||***||***||***||

 あるいはこんな想像をしました。

 こういう家系は優秀な血筋を大事にすると思うのです。(筆者の父なる方もまた、優秀さを見込まれ後嗣として縁戚から来られた方でした。)

 何世代か続く中には、一族に適当な子がたまたま居ない、ということがあったかもしれません。

 そんな時どうするか。

 特別な家系でなくても、信頼できる家から配偶者や養子を迎えるのではないでしょうか。

 ・・・。

 仮に神崎物部氏と那珂中臣氏の間がそうだったとすると、物部であり中臣である血統ができます。

 私はそれが「真名部なる氏族」なのではないかと思いました。 
 
 そう「真名部」というネーミング。 これがミソ。
 
 「マナベ」は「モノベ」のオ音列をア音列に変えたもの。(monobe→manabe)

 物部氏ならそのまま「モノベ」でよさそうなものですが、 おんを「マナベ」に変えているはそれなりの理由がありそうです。
 しかも「マナベ」は、筆者の姓「真鍋」と発音が同じです。
 
 すべてを表しているのではないか、と思っています。
 「神崎の物部氏と那珂中臣氏」(『儺の國の星拾遺』p.134)に限った話ですけれど。

   ||***||***||***||***||
 
 真鍋家のご先祖は、何時の時代かに筑紫から常陸へと移り、近世になって再び筑紫(那珂川)に戻ってきたことがうかがえます。その点もいろいろ謎ですが、とりあえず藤原氏の裔である筆者の家系に物部氏の計算術が伝わっていた理由をつらつらと書いてみました。
 

 



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