By 不明 - in the site of http://www.asahi-net.or.jp/~SG2H-YMST/yamatouta/ ;Website「やまとうた」, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=164488

Zuhr⑭ 皇太子はいつの世も天皇に奉るべき暦書の編纂と暦日の観測が業務だった

獅子座の別名に大食星(たいじのほし)・太子星(たいしのほし)があるそうです。 「大食星」は獅子が万物を食い尽くすことから来ているとのこと。 獅子座だからライオンのイメージなのですね。 半円状の星の並びを托鉢の鉢に見立てて...

歌川広重 - Current version is uploaded by Racconish, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3790813による

Zuhr⑩’ 天智帝が水城を疎水式に船を通す湖にしたとして それは二つあったのではないかという試論

Zuhr⑩で、天智帝が水城を疎水式に船を通す湖にした話を紹介しました。 その時すでに王城神社が現在地にあったなら、水城で堰き止められた水面は田中熊別の陵あたりまでしか無かったことになるという所まで書いていました。(地形も...

空から見た水城 By Copyright © 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省, Attribution, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=20691889

Zuhr⑩ 天智帝は磐井がひらいた水城なる瀦水畓を疎水式に船を通す湖にした

水城を中津、あるいは中大江(なかのおおえ)と言った話の続きです。(前記事参照。) 現在水城跡として土塁が残っていますが、通説では博多湾側に水がためられていたことになっています。 けれども『儺の國の星・拾遺』によれば、博多...

Zuhr⑨ 水城を中津 あるいは中大江なかのおおえと言った

海が陸に深く浸入していた時代、玄界灘と有明海は繋がっていました。 そのため北部九州は海峡で隔てられ、西の天原島と東の宇佐島で構成されていたとのことです。(前記事参照) 二つの島は現在の久留米市長門石付近で近接していました...

Zuhr⑤ 猿田彦命を山王として比叡山の日枝神社に祀った

紅白は北欧神話の二神の象徴で、紅はフレイヤ白はユールからきているという話を前回紹介しました。 紅白からの連想でしょうか、話題は猿田彦命の話に飛びます。それも比叡山にまつわる話です。 (猿田彦の姿は赤い顔と白い髭で表現され...

Zuhr③ 「なかて」とは竿に紅白の布を螺旋状に巻いて神を先導する器

前記事で、獅子座の一部を中国では「軒轅」と呼び、昔の人は「なかてのほし」と言った事を紹介しました。 また、「なかて」とは「時間空間の無明未妙の状を形容した古語」であり、「“とりつぎ” 或は “ひきあひ” など媒酌人的存在...

Zuhr② 獅子座を軒轅と言い 古人は「なかてのほし」と言った

中轅星(なかえぼし)(獅子座δ星)の「轅(ながえ)」の文字、これは車輪が付いた乗り物を引くため前方に長く出た棒のことです。 牛車(ぎっしゃ)を例に挙げますので、「轅(ながえ)」を探してみて下さい。 コトバンクより引用 中...

error: Content is protected !!