〝みすみ・みはら〟とは三稜の茎の葦舟のこと

エジプトのパピルス舟が古代日本にもあったという話を前記事で紹介しました。

使われた材料は三稜篠みはらのしのと言う植物でした。

その名の通り、三角(かどが三つ)の茎を持つもので、エジプトのパピルスと同じ品種だったのです。

茎の角に注目して〝みすみ〟、面に注目して〝みはら〟と略していたようで、それがそのまま舟を指す言葉になったことが次の文でわかります。

〝みすみ〟も〝みはら〟も今は絶えて見ることの出来ぬ三稜の茎の葦舟ことであったから、その発祥は爾蓮ナイルにあったものとみえる。祖先は葦舟の中に茎や種を携えて行き着く先でこれを植えて繁殖させた。

(『儺の國の星拾遺』p.248)

〝みすみ・みはら〟は葦舟を想起させる言葉なのですね。

エジプトのパピルス舟が古代日本にもあったなど、すぐには信じられないかもしれません。

けれども、例えばうきは市にある珍敷塚古墳の壁画には、エジプトの壁画(セン・ネジェム墓など)に描かれている舟とそっくりな構図があります。

古墳を作った人達にこういう文化があったと感じますので、あり得る話だと思っています。

ふくおか観光協会作成のパンフレットにも「ふくおかに古代エジプト文明?」と一言ありますので、興味のある方はご覧下さい。

ふくおか古代ロマンの旅vol.1

そうそう。

壁画に描かれた葦舟ということで、もう一つ紹介したい古墳があります。

それは善通寺市宮が尾古墳。

線刻画に舟が描かれているのですが、私はこれも三稜篠みはらのしので作った葦舟ではないかと思っています。

図を見ると、船首と船尾にケバのようなものが描かれているのがわかります。

葦舟(Papyrus Boat)の特徴がよく出ていると思うのですが、どうでしょう。

刳り舟や筏ではこのような表現にはならないと思うのです。

古代の葦舟の絵、全国の古墳の壁画を探せばもっとあるかもしれませんね。

最後に、葦舟と地名のことを書いておきます。

三稜篠みはらのしので作った葦舟の人が乗る間を〝しなのり〟と言ったことから〝しなの〟地名が生まれたと言うことでした。

ならば〝みすみ・みはら〟はどうでしょう?

九州ですと、〝みすみ〟と言えば宇土半島の三角、〝みはら〟と言えば小郡市の〝御原〟を思い浮かべます。
どちらも葦舟が往来していそうな土地柄です。

『儺の國の星拾遺』によれば、〝みすみ・みはら〟地名はインディアン座αの別名「三角星みすみのほし三原星みはらのほしから来ているとのことで、葦舟に関係しているとは明記されていませんでした。(p.248より)

〝三角星・三原星〟であるインディアン座αは、南中してもせいぜい高度は10°くらいの星で、今の季節だと夜10時くらいから夜半3時過ぎまで見える星です。

冬に見えるカノープスくらい明るければ、現代人の印象にも残るかもしれませんが、三等星ですのであまり知られていません。

それでも南の空低く現れてすぐ見えなくなるので、夏の夜に真南を知るにはいいかもしれません。(北緯33度基準)

真南方向を知る星であったとしたら、葦舟にも関係しているのではないか?と思っているところです。

南を知りたいのは、南から来た人達ではないかと思うからです。

〝みはら〟については次の記事でもう少し触れたいと思います。

 
error: Content is protected !!