Alkes⑯ 彗星を志登星と言う

彗星の別名を志登星(しとのほし)というそうです。

彗星を志登星(しとのほし)と言う。十九歳を四度かさねるを言う。その大なる時、北斗を覆う故とも説かれる。北斗を四三星(しそのほし)と言うから、その一つの方言でもあった。

(『儺の國の星拾遺』 51ページ)

わかりやすいように箇条書きにして整理します。

一、十九歳を〝四度〟重ねるから「しと四度の星」の名称が生まれた

「十九歳を四度」というのは、19 年を4 回という意味ですね。
どうやらこれは彗星の周期のことを言っているようです。

計算すると

19 年  × 4  = 76 年 で

76 年になります。
周期が76 年の彗星といえばもうこれはハレー彗星ですね。

「彗星を志登星と言う」とあるのは、「ハレー彗星を志登星と言う」とも言えそうです。

二、彗星の尾が北斗七星(四三星しそのほし)を覆う時があり、北斗七星と彗星が重なった様子から「し」、さらにその方言「しとのほし志 登 星」となった

北斗七星を別名「四三星」と言い、彗星が北斗七星に重なることがあったようです。
その時の様子が印象的だったのか、北斗七星の別名「四三星」がそのまま彗星の名前になったのですね。

ちなみに北斗七星を「四三星」と言うのは、枡部分の四星と柄部分の三星に分けた名付け方です。
図にすると次のようになります。
(上が北斗七星としてみた場合、下が枡と柄に分けた場合です。)

北斗七星を構成する七つの星を四と三に分ける見方

北斗七星の別名に多賀星がありますが、これも七つの星を「四と三に分ける」見方から来ていました。

星の捉え方は文化によって違うと言うことなのでしょう。

で、 そ(う)のほしの「しそ」が訛り「しと」に変化。表記も「四三」から「志登」になった。というのですね。

三、まとめ

・ハレー彗星のことを志登星と言う。

そこには周期が76 年であることと、北斗七星を覆う事が込められている。

となります。

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これは余談になりますが、ハレー彗星の尾が北斗七星(=志登星)を覆う現象について補足しておきます。

次の図は、紀元前一九九九年に陶寺遺跡(山西省臨汾市襄汾県)から見たハレー彗星のシミュレーションです。
全天図なので天頂付近がゆがんでいますが、図の左上、ハレー彗星の尾の近くに北斗七星があるのがわかります。

他の回帰年をいくつかシミュレートしましたが、ハレー彗星は北斗七星近くで尾が長くなることが多いことがわかりました。
「志登星」の命名がどの時代のことなのか、興味深く思います。

BC1999年 陶寺遺跡から見たハレー彗星
BC1999年 陶寺遺跡から見たハレー彗星

糸島にはその名も「志登」神社がありますが、真鍋大覚氏の言に依れば彗星を祭る古い時代の名残がある神社なのだそうです。

[最終更新日]2019/11/04