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Alkes⑬ 彗星と翼と玄白

コップ座アルケスの章に彗星の話が続くのは、この星が彗星の門である二十八宿「翼」にあるからでした。

その「翼」からの連想で、杉田玄白の話が出てきます。

解体新書を著した杉田玄白(一七三三~一八一七)の名は(よく)であった

(『儺の国の星拾遺』p. 49

杉田玄白の名前は彗星に関係している、というのですね。初めて聞く話です。

 彗星は夜空に白い尾を引くので黒白のイメージも付随します。「玄白」はそこからきている、ということでもあるようです。

 彼は他にも、(あざな)に「子鳳」、号に「鷧」、晩年に「九幸翁」といった名前を持っています。

 「子鳳・鷧」は彗星のキーワード「鳳凰・鸛・鶴」の縁語、「九幸翁」の九は「九重の天」の九、ととればこれらの名前は天体に関するものであり、筆者が言うように彗星由来と考えることができます。(その他「九は月の対恒星公轉周期八、八五〇五三年から発祥した数」と、那珂川の歳時月例』p.51にあり、やはり天体に関係。)

 杉田玄白の名前は、彗星による暦正を知っていた名付け方だった、と言えなくもないようです。

 

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 杉田玄白の名がどうして彗星と結びつくのか、自分なりに考えてみました。

 ここからは私の想像ですが。

 杉田玄白は若狭小浜藩の人です。

 若狭といえば御食国みけつくにのひとつ、膳臣かしわでのおみの祖とされる佐白米命が国造として任じられたところです。(「遠飛鳥朝御代、膳臣祖佐白米命児荒砺命定賜国造」『先代旧事本紀/国造本紀』)

 また膳臣かしわでのおみの遠祖磐鹿六鴈いわかむつかりが亡くなったとき、景行天皇が和加佐国(若狭国)を子孫に永く領する国として授けたそうです。(「和加佐乃國わかさのくに六鴈命むつかりのみこと永久ながく子孫等うみのこら遠世とほきよ國家くにいへせよさだめ授介さずけタマヒ天支てき」国文学研究資料館の『高橋氏文』をnakagawaが活字化)

 この「膳臣かしわでのおみ」なのですが。

 『儺の*後注國の星・拾遺』によれば、膳部かしわでべはもともと皇太子のもとで天文観測を補佐する官だったそうなのです。
 天文観測と言っても古代は祭祀を伴うものでしたから、その供物を用意する人がいたのですね。それが後に宮廷の食事も用意するようになったとのこと。
 
 また「かしわで」には役職以外の意味がありまして。

 天体観測の際、手のひらを物差しに見立て角度を測っていたそうです。その手のことを「かしわて(かしわで)」といったのだそう。(この観測方法は、現在も伝統的な航海術を行っているホクレア号のナビゲートに用いられています。記事の最後に画像がありますのでご覧ください。)

 この二つからわかるように、「かしわで」は祭祀的にも測量的にも天文に関わる言葉です。

 その言葉を持つ氏族が若狭にいて、土地柄として天文に関することを持っていたとしたら?

 杉田玄白の名前が彗星に由来するというのは本当かも。なんて思いました。 

 以上は、杉田玄白と彗星の接点がこれ以外に思いつかなくて、私が無理矢理くっつけた話でした。

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 *注:「かしわて」に関する記述を次に引用。

全天は水平線から天頂までが九尺となり、これが唐代(六一八~九七五)の詩文に出る九重天きゅうちょうのてんの由来となる。掌の形をかえでに見立てる。“かしわて”の略である。膳部かしわてとは皇太子のもとで天文観測を補佐する官階であった。その名の如くつねに客星彗星の位置を“かしわて”で測るところから、倭人が名付けた職名であった。後に天神に五穀豊穣を感謝し、その供物膳部を申餔しんぽの刻、即ち日ざしが最も強く、空が最も明るいときにささげる祇官もかねることが多く、やがては宮中の日夜の食を調達することになった。

(『儺の國の星拾遺』p.70)

 

「かしわて」のイメージ。
ホクレア号のツイッターより。

ホクレア号は機械を一切使わず星と島影を頼りに古代の航海術で世界一周しました。

私は2014年から2017年にかけて行われた航海をリアルタイムで追いかけていたのですが、その航跡が古代日本の海人族の航路と重なって見えていました。
多分彼らもこうして航海していたのだと思います。

参考までに。


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