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Alkes⑪ 彗星の間隔七十六歳 太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界であった(付:カリポス周期)

 胡人は彗星を鳳凰にたとえた。その間隔七十六歳、太陰暦を太陽暦に調節する時間的領域の限界であった。彗星は宇宙空間の 度合どあい、即ち五星に配置如何によって必ずしも七十六歳の原則に従わない。その早晩を見て胡人は次の来たるべき七十六歳の暦日を算定した。前後に各々十二歳を従えた年月が、即ち“国家百年の大計”の語源であった。

(『儺の國の星拾遺』p.51)

 上の文の一行目、“その間隔七十六歳”とありますが、これはハレー彗星のことだとすぐにわかります。
 ハレー彗星の公転周期は75.3年ですから。

 暦の策定材料として彗星の回帰があったようです。ハレー彗星なら暦の修正に必要な周期で大体来てくれますから、いいタイムキーパーになりますね。
 
 前々記事で、周成王十八年と帝堯七十年の「景星鳳凰&蓂莢」エピソードは彗星を利用した改暦の話であることを紹介しましたが、これも同じです。

 当時の人は月と太陽の動きを知っていて、ハレー彗星の周期も知っていたのですね。知っていたから利用した。

 ただ、“五星に配置如何によって必ずしも七十六歳の原則に従わない”とあるように、彗星は軽いので他の惑星の引力で周期が変わることがあります。(摂動といいます。)
 エドモンド・ハレーが一七五七年に回帰すると予言した彗星が、実際には六百十八日遅れたのもそのためでした。

 ですから“その早晩を見て胡人は次の来たるべき七十六歳の暦日を算定した”のです。
 彗星が予定より早く来ても遅く来ても対応できるように、誤差も考えて“前後に各々十二歳を従えた”とあります。
 これが国家100年の計の語源だそうです。
 
 彗星の次の回帰を観測と計算によって予測し、閏月を調整するなどして彗星の到来に備えたのだと想像しました。

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 少し話がそれますが、筆者の曾祖父(一八九一~一九〇九)が一九一〇年のハレー彗星の近日点を計算されていて、*《この日が六十九推の方冊の家系を語る》と信じて他界されたと序文に書かれていました。《彗星到来を予見した上での遺言》だったそうです。

 亡くなられたあとにハレー彗星が回帰し、計算は見事に的中したとのこと。

 これを読んだ時、どうしてハレー彗星なのだろうと思っていたのですが、間隔七十六年の彗星が暦の編纂には重要だったのです。しかもそれは堯帝の時代から続く伝統でもありました。

こういう背景があってのハレー彗星の予測だったのですね。(と、私は解釈しました。)

 暦の精度に関して、ハレー彗星を基準とする考え方があるというのは意外でした。

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 本文の引用を続けます。

 ”さきとり”とは常に七十六歳を中におき、手前に十二歳、向に十二歳を並べて、年毎に未来百歳の暦日を組み立てる技業(わざ)を言った。暦日は季節と合致することが百姓の生計にかかる重大事であるから、時がたつにつれて予測と現実と一致するもあり、一致せざるもあり、これを子孫後世に記録して正しく伝へるを”あととり”といった。この日課は天子よりも太子の仕事であったところから、あととりが嗣子(けいし)の意に普及したのである。

(『儺の國の星拾遺』p.51)

 「さきとり」「あととり」の語源が暦の計算にあったとは、ちょっとびっくりな話です。
 人の平均寿命を考えると、「さきとり」をした人はその結果を見ることはないでしょうけれど、それでも孫くらいの「あととり」世代に口伝を直接残すことは出来たかもしれませんね。天子ではなく太子の仕事というのも将来を見据えてのことでしょう。そうやって経験が蓄積されて行くシステムになっていたのだろうと想像しました。
 
 他にも、「当たるも八卦当たらぬも八卦」の由来も七十六年を指標とした時間空間から生まれた言葉だと書かれています。算木を使って計算していた事がうかがえる言葉ですね。(映画「天地明察」でも算哲さんがこれを使って計算していました。)

 なお、『儺の國の星拾遺』p.111「六十七、 積水星つくみのほし」、p.117「六十九、 水分星みくまりのほし」などにも七十六年あるいは十九年を基準とした暦の話が登場しています。
 七十六年の歴数を基本とするのはこの本の随所に登場する言葉です。
 
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 最後にカリポス周期について少し書いておこうと思います。

 ハレー彗星のおおよその周期七十六年というのは、いわゆるカリポス周期に相当します。

   
 
 地球は約365.242189 日で太陽の周りを一周します。

 月は約29.530589日で地球の周りを一周します。

 地球が太陽の周りを一周する間(365.242189日)、月は地球を12周+3分の1周する(29.530589日×12+10.8751日=365.242189日)計算になります。
  
 これがどういうことかというと、例えば今年の誕生日が満月だったとしたら、来年の誕生日は満月から三分の一周過ぎた月が出ているということです。

 再来年は満月から20日ほど過ぎた月になります。

 再々来年はさらにずれます。

 こうして永遠にずれていく・・・かというと、実際はそうなりません。

 なぜなら月は約29.530589日の周期で満ち欠けを繰り返しているからです。
  

月の満ち欠け図

 先ほどの話に戻ります。

 今年の誕生日が満月だったら、来年の誕生日は満月を10日程過ぎたものになると書きました。

 満月の10日後の月はどんな形でしょう。
 満月の月齢は15ですから、10日後は月齢25になります。
 上の図の月齢25の月を見ると細長い三日月です。
 この月は明け方東の空に見えるもので、夕方西の空に見える三日月とは向きが違います。

 再々来年は満月から20日ほど経った月になります。
 月齢は35、と言いたいところですが、29.530589日を過ぎると新月となってまた0から始まりますから、
 35-30=5 で
 実際の月齢は5前後です。

 では3年後はどうでしょう。

 毎年10日ずつずれるので
 10日×3=30日で、満月の約30日後の月になります。

 満月の30日後というと、
 15+30=45 で
 月齢45の月です。

 が、月の満ち欠けは30日でリセットされますから30を引きます。
 45-30=15

 あれ?月齢15という数字が出てきました。また満月になります。

 実際は月の満ち欠けの周期は29.530589日という端数なので、3年後には満月になりませんが、こんな風に追いかけっこをして、何年後かに同じ日に同じ月齢になることがあります。

 周期としてこういうポイントがいくつかあり、その一つがカリポス周期なのです。

 カリポス周期は、地球が太陽の周りを76周すると月が地球の周りを940周するというものです。

 先ほどは小数点を入れずに計算したので、きちんと計算してみます。
 といっても、これも近似値にすぎませんが。

 地球が太陽を76周する時間
  
    365.242189日×76=27758.406364日

 月が940周する時間

    29.530589940日×940=27758.75366日

 どちらも27758日+αとなりました。
 つまり今年誕生日が満月だとしたら、およそ27759日後の誕生日も満月になるのです。

 ただし、約0.3日ズレがあります。
 時間に直すと8時間ほどで、厳密に言えば完全に一致するわけではありません。
 
 だから、太陽と月の運行を元にした暦の調整は、閏秒や閏月・閏年を入れたりして大変なのです。
 
 こういうポイントが他にも、19年・38年・57年・258年・277年などいろいろあります。
 19年はメトン周期ですね。
 筆者の家系はこれを「一推」と表現していました。
 76年は19年の倍数でもあるので、四推毎に調整する感じでしょうか。
 
 冒頭の引用文で筆者が76年を「時間的領域の限界」と表現しているのは、人の寿命を考えてのことかもしれませんね。次の代へ直接バトンタッチできるギリギリの年数と言えますから。

 策暦装置として彗星の力も借りるとはよく出来ていると思いました。
 ただし。惑星の重力に引っ張られて周期がずれることがあるので要注意です。
 「即ち五星に配置如何によって必ずしも七十六歳の原則に従わない」のですね。
 ハレーが予言した彗星の回帰が遅れたのも木星の重力に影響されたためでした。
 

 カリポス周期については、国立天文台の暦Wiki内のコンテンツ太陰太陽暦の中にも説明があります。

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