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水城西門付近散策

水城の西門付近に望楼があったそうです。

水城西端部の西側、水城を見下ろすことができる小高い丘の上で小さな建物が発見されました。この地域は以前「矢倉」という地名で呼ばれており、望楼(遠くを見渡すためのやぐら)があったのではないかと言われていますので、この小さな建物が望楼であった可能性があります。
有事の際には敵の侵入を監視したり、普段は水城を往来する人々を見守っていたのでしょう。
(大野城市/水城をめぐるより)

矢倉地名はここにも。

昔から知られていたのですね。

西門近くに水城院跡とありました。
お寺があったようです。
そういえば西門付近から経筒も出土しています。

小さく古渓大明神と書かれていて、「ん?」。

古渓和尚なら知っているけれど、そんなはずはないし・・・。

この「古渓」は何だろうと思い、帰って調べるとやはりその「古渓」のようでした。

博多に配流された古渓和尚が火防のまじないをした井戸にちなんだ(勧請された?)ものだそう。

豊臣秀吉が千利休に切腹を命じた事件で、京都の大徳寺を配流になった古渓和尚を迎えるために、博多の豪商・神屋宗湛、嶋井宗室らが造った住居の跡。3年後、古渓和尚が大徳寺に帰山する際、恩返しに井戸を掘り、その水が古渓水として火難除けで珍重されたと言われています。(博多の魅力/大同庵跡・古渓水より)

ここが仏教に関係ある場所だからでしょうか。
意外なところで古渓の名を見ることとなりました。

西門跡にはカラムシ(苧麻)がたくさん生えていました。

そして、西門の礎石があるという民家の石垣。

西門の礎石が民家の石垣に転用されているそうです。

おそらくこの石が礎石だろうと見当を付けるものの、よくわかりませんでした。

意外と見所がある水城西門周辺でした。

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