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小水城は今のところ推定地を含めて6ヶ所

小水城として知られている土塁は、上大利・大土居・天神山の他にもあるのだそうです。

次の図の赤い実線が発見されている部分で、点線が推定されている部分とのこと。

面白いですね。

天智天皇が四王寺山に祀られていた武甕槌命を現在の春日神社に祀ったのは、太宰府防衛ライン守護のためと推測しましたが、この付近にも小水城があったのです、
これは明治33年の地形図にケバ描きされている土塁線があることから推定できるのだそう。
私、過去記事でここに水城を築かなかったから武甕槌命を祀ったのではないかと書きましたが、違いました。
(又書き直さなくては。)

それから、水城は白村江の戦いの跡太宰府防衛のために作られたというのが通説ですが、『儺の國の星』によれば三毛作のための貯水塘だったと言うことでした。

事実はさておき、大土居小水城は当にその条件にぴったりだなと思いました。
なぜなら、上流にある白水大池のいろんな時代の幹線水路がこの木樋の上を通っているというのですから。

発掘調査に依れば、ある時代の水路のための杭が木樋に突き刺さっていた箇所もあるとのこと。

また、そばを流れる諸岡川は流域に弥生時代の遺跡がいくつか存在する川で、有名な板付遺跡もその一つ。
小さいながら母なる川なんですね。
いえ、このくらいのサイズの川が丁度良かったのかもしれません。
大河だと氾濫して一夜のうちに集落が水没する危険がありますから。

話が横道に逸れました。

都市開発で失われてしまったけれど、今も残っている丘陵地には前畑遺跡のような土塁があるかもしれないと言うことでした。

水城を有する各市が連携しながら整備を進めているそうです。
楽しみです。

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