Denebola② 鷹雉星たかとりぼしとも云い 夜楽星よかぐらぼしとも言う

 Denebolaデネボラの別名に「鷹雉星たかとりぼし」「夜楽星よかぐらぼし(注1)」があります。

 鷹雉星たかとりぼしとも云い、夜楽星よかぐらぼし(注1)とも言う。〝たかとり〟とは、あの朱紅の羽の装いの鮮やかな山雞やまどりの古名であるが、倭人は天上に舞い遊ぶ鳳凰、或は孔雀(注2)の類の名と考えたものとみえる。
 古歌に曰う
  あしひきの 山鳥の尾の しだりをの
  ながしきよを 一人かもねむ
 序詞としては最長の句が〝なか〟を修飾している。この星が深夜に東空に出初でそめるのは、今の陽暦で十二月十六日である。昔近東のSumerシュメールの王朝(前二九一〇~一九五五)の頃は、この星の砂漠の上に明滅するを見て、秋分元日とした。今から五九六三年前のことであった。  
 倭人はいつの頃か、この星の光りと輝きを拝して夜神楽よるのかぐらを明け方まで祝宴を張ることになっていた。そして年明けの暦方を定めることになっていた。爐にかけた釜の湯の煮え沸る音と、立ちこめる湯気の形と勢をみて、来る年の運を卦けたのである。

(『儺の國の星拾遺』p.163)

 この話を整理し、ポイントを四つにまとめてみました。

  1. デネボラに山鳥の古名〝鷹雉〟をつけ、「鷹雉星」とした。
  2. 〝鷹雉〟とは鳳凰あるいは孔雀(注2)の類い。
  3. デネボラが深夜に東天に出るのは現在の暦で12 16 日。シュメール王朝の頃はこの星を指標として秋分元日とした。
  4. 倭人はいつの頃からかデネボラを拝して夜神楽を明け方まで行うようになり、年明けの暦方を定めることになっていた。(だからデネボラを「夜楽星よかぐらぼし(注1)」とも言う。)

 獅子座にあるデネボラは、〝鳳凰・シュメールの秋分元旦・倭人の夜神楽・暦方〟が関わる星なんですね。

 しかも、「綾歌星」の名もありますから、三拍子の音曲も関わって来ます。

 もし12 16 日に催行される三拍子の夜神楽があれば、何かヒントが得られるかもしれない、と思いました。そんな夜神楽があれば、ですが。

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注1:
「よかぐらぼし」を漢字で書くと、普通は「夜神楽星」となりますが、原文は「夜楽星よかぐらぼし」です。「神」の脱字かもしれませんがそのまま引用しました。

注2:
原文通り「孔雀」と書きましたが、「朱雀」の誤写かもしれない、とも思います。(口述筆記の際の聞き取り間違いかもしれないと。)
 ここでの主題は〝赤い鳥〟なので、内容としては朱雀の方が合っています。
   

 

 
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