Denebolaの別名に「
鷹雉星 とも云い、夜楽星 とも言う。〝たかとり〟とは、あの朱紅の羽の装いの鮮やかな山雞 の古名であるが、倭人は天上に舞い遊ぶ鳳凰、或は孔雀(注2)の類の名と考えたものとみえる。
古歌に曰う
あしひきの 山鳥の尾の しだりをの
ながしきよを 一人かもねむ
序詞としては最長の句が〝なか〟を修飾している。この星が深夜に東空に出初 めるのは、今の陽暦で十二月十六日である。昔近東のSumer の王朝(前二九一〇~一九五五)の頃は、この星の砂漠の上に明滅するを見て、秋分元日とした。今から五九六三年前のことであった。
倭人はいつの頃か、この星の光りと輝きを拝して夜神楽 を明け方まで祝宴を張ることになっていた。そして年明けの暦方を定めることになっていた。爐にかけた釜の湯の煮え沸る音と、立ちこめる湯気の形と勢をみて、来る年の運を卦けたのである。(『儺の國の星拾遺』p.163)
この話を整理し、ポイントを四つにまとめてみました。
- デネボラに山鳥の古名〝鷹雉〟をつけ、「鷹雉星」とした。
- 〝鷹雉〟とは鳳凰あるいは孔雀の類い。
- デネボラが深夜に東天に出るのは現在の暦で12 月16 日。シュメール王朝の頃はこの星を指標として秋分元日とした。
- 倭人はいつの頃からかデネボラを拝して夜神楽を明け方まで行うようになり、年明けの暦方を定めることになっていた。(だからデネボラを「
夜楽星 」とも言う。)
獅子座にあるデネボラは、〝鳳凰・シュメールの秋分元旦・倭人の夜神楽・暦方〟が関わる星のようです。
しかも、「綾歌星」の名もありますから、三拍子の音曲も関わって来ます。
もし12 月16 日に催行される三拍子の夜神楽があれば、何かヒントが得られるかもしれない、と思いました。そんな夜神楽があれば、ですが。
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私注1:
「よかぐらぼし」の漢字は「夜神楽星」ですが、原文は「
私注2:
「朱雀」の誤写かもしれません。
主題は〝赤い鳥〟なので、内容としては朱雀の方が合っていますが、原文通り「孔雀」としました。