上大利小水城横の平田川は後世に流路が変更されていた?という話

以前大野城市の梅頭窯跡と上大利小水城について、ほぼ同時代で場所も近いから関係あるのではないかと思ったことを書きました。

この時は地形が現在と同じと仮定していましたが、上大利小水城のトレンチ調査資料によると、横を流れる平田川が付け替えられた可能性があるとのことです。
それで、該当記事をただいま改稿しています。

平田川が付け替えられたと考えられる主な理由は、
1、「小水城土塁の東側のトレンチ坑に水が出ること」
2、「平田川の上流に不自然な曲がり方をした部分があること」
の二つだそうです。

平田川上流の不自然な曲がり方をした場所というのは次の図の○で囲んだ部分です。

(カシミール3Dで作成したものにnakagawaが書き込み)
(カシミール3Dで作成したものにnakagawaが書き込み)

平田川の自然の流れとしては、次の図の太線になったはずとのことでした。

(カシミール3Dで作成したものにnakagawaが書き込み)
(カシミール3Dで作成したものにnakagawaが書き込み)

上大利老松神社には、水城や大野城にあるものと同じ門の礎石があって、おそらく平田川を付け替えるときに出てきたものを運んだと考えるのが妥当ということでした。

現在平田川沿いには牛頸地区への交通路があり、おそらく当時もここは通路で門があったと考えられるそうです。

上大利老松宮にある礎石

この石、ずっと祭祀に使われた盃状穴のある石として評価されていたのですが、近年礎石であることが発見されたのでした。

現地の案内板は盃状穴のある石のままです。

[最終更新日]2019/11/16