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鮭神社(嘉麻市)

嘉麻市に鮭を神使として祭祀する神社があります。

その名も鮭神社。

道路に面した鳥居をくぐり参道を進むと。

二の鳥居がありました。
けれど参道は二の鳥居へは向かわず、横を通り過ぎます。
画像からわかる通り、壇になっている敷地の鳥居には参道がつながっていません。
このあたり、土地の改修が何かあったのでしょうか?

鳥居の方へ左に90度方向を変え、石段を三つ上がります。
石段を上がると今度は右に90度向きを変え、改めて社殿に向かいます。

奥に見えていた石段を登ります。少し土地が高くなっています。

境内は開けていました。
社殿は横を向いています。
一の鳥居をくぐって参拝するまで合計3度向きを変えることになります。

献鮭祭という祭事が行われていました。

鮭を置く台。


 
鮭を置く台の後ろに奉納された鮭を納める穴があります。
鮭が遡上しなかった年は大根で作られた鮭が納められます。
こちらはこの時奉納されていた「鮭」。


(神使なので遠慮して小さくしました。問題ありましたら知らせください。)

拝殿には鮭に関する奉納物がたくさんありました。
拝殿の神額も「鮭大明神」。

ところがこの神社の祭神は、鮭ではなく「彦火火出見尊」「鵜葺草葺不合尊」「豊玉姫命(尊)」なのです。

拝殿にある別の由来記には、神武天皇が岡田宮に滞在中この村の岩岳に高木神を祭祀したことが書かれていました。

上大隈鎮座
鮭神社(鱖大明神)御由来記
祭神 彦火火出見尊ヒコホホデミノミコト 鵜葺草葺不合尊ウガヤフキアエズノミコト 豊玉姫尊トヨタマヒメノミコト 以上 三柱の神
古事記中巻 神武天皇は兄五瀬命と高千穂宮で相談なされて 天下を治めるのによい所を求めて東をめざして日向を出発なされた 豊後豊前をすぎて筑紫の岡田宮に一年滞在されたとある その時 途中で天皇は躬親しく神籬を設けて高木の神を當村岩岳山の尾上に祭り給ふとある。詳細は別書「社傳」にあり
續日本紀三十巻人皇第四十九代光仁天皇宝亀元年西暦七七0年筑前国嘉摩郡人財部宇代ウマシロなる者神託に依り初めて社殿を造営し奉る 社傳に第四十八代称徳天皇治五年神護景雲三年とあるも同じ年で今より壹千貮百貮拾貮年前の事(以下略)

(拝殿の掲示板より)

社殿が造立されたのは770年。「嘉摩郡」の人「財部宇代なる者」が「神託」に依って建てたとあります。
御由来記の「称徳天皇治世5年と神護景雲3年は同じ年」というのがよくわかりませんでした。770年は神護景雲4年であり宝亀元年になります。
神護景曇と言えば、道鏡の宇佐八幡神託事件などが起こっていた頃。
神託がはやっていたのでしょうか。

太宰府から宇佐へは「米の山~桂川~嘉麻~赤村」経由が一番高低差がないルートなので、通り道だったかもしれません。
関係ないと思いますが、もし関係あったら面白いなと思いました。

境内を見ていきます。

拝殿の飾りがいろいろでした。
1、亀蛇?玄武?
2、梟
3、兎
4、雁?

龍の目のあたりなどに彩色が残っています。
赤いのは炎?
建てられた当時は美しい色彩だったことが伝わります。

境内社。

境内社の後ろにかつての鳥居が置かれていました。
神額は「鮭大明神」。

古い昔の鱖塔もありました。

もしかすると、4カ所に石柱があるこの場所も鮭塚に関係するのかもしれません。
  ↓

豊玉姫の使いとして鮭がこと寄せられたのか、元々鮭が祀られたのか、不思議な神社でした。
雲南市にも同様に豊玉姫を祀る鮭神社があるそうです。

大隈に来たら又兵衛まんじゅうを買って帰るのが定番です。

ここはお酒もおいしいところなんですよね。

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