筒井宝満神社(大野城市)

御陵宝満宮から勧請された神社の4社目、筒井宝満神社です。

境内の縁起碑から抜粋します。

祭神 玉依姫命(たまよりひめのみこと)

縁起 玉依姫は延宝三年一月中区御陵の宝満神社から勧請した。

こちらも延宝年間の勧請でした。(書物によって勧請した年に数年の異同があるそうです。)

本殿は平成五年の再建。

拝殿は昭和六十二年の再建。
神額は黒田藩の書家横田鳳鳴の書とのこと。

紋は三つ巴(尾長三つ巴?)と十六弁菊なのですが、三つ巴の回転方向がこれまで見てきた中・御陵宝満宮とは逆です。

御潮井台が神殿の横にありました。
奥に遙拝所の石碑が見えますので、もしかすると遙拝するための御潮井でしょうか。

やはりこの神社にも、御陵から勧請された他の宝満宮と同様、遙拝所がありました。
この方向は乙金山のように思います。それとももっと遙か先?

境内はあまり広くないのですが、社からはみ出しそうな大木がありました。

この神社には二十六センチほどの一木造りのご神像があるそうです。

余談になりますが、この神社の北側一帯の小字を「笠抜ぎ」と言ったそうです。
神功皇后が羽白熊鷲を討つため、橿日宮から松峽宮(筑前町)に行く途中つむじ風に笠が飛ばされた所なのだそうです。

香椎から秋月に行くルートとしては「香椎-篠栗-宇美-北谷-原-吉木」もありますが、宇美から四王寺山の南に出て筑紫野を経由しています。
わざわざ玉依姫の御陵に寄った、ということなのでしょうか。

神功皇后の時代に現在の竈門神社はなかったのですから、玉依姫にご挨拶と言えば御陵だったのでしょう。

そして江戸時代になっても竈門神社から勧請せず、御陵から勧請した集落があったというのが面白いです。

 
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