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葛城神社(三養基郡)

一言主を祀る葛城神社。

神社の由緒。

昔この地方に住んでいた葛城部が祀ったものとあります。
その葛城部とは仁徳天皇7年に皇后の御名代部としておかれたもののようだとか。

あら?奈良ではなくここなのでしょうか?
いえ、一カ所とは限らないかもしれませんね。

仁徳天皇7年の皇后とは磐之媛です。
葛城襲津彦の娘で、武内宿禰の孫とされています。
父も祖父も筑紫にゆかりのある人物ですね。
もしかすると磐之媛は一族の故地を受け継いだのかもしれない、なんて妄想しました。

なぜなら、ここは葛城氏の湊だったかもしれないと思うからです。

『儺の國の星』にこういう話が伝わっています。

葛城かつらぎ氏が竈門山系と水縄みなわ山系を領有して南方貿易を独占していたのに対し、平群へぐり氏は背振山系と志摩山系を治めて北方貿易を掌握しておりました。

(『儺の國の星』p.200)

時代ははっきりわかりませんが、葛城かつらぎ氏は南方貿易(有明海方面)を掌握していたとのことです。

河口からほどよい位置で、地理的にここに湊があってもおかしくないと思います。
船喰虫の被害を防ぐため、古代の湊は淡水にあったそうですから。

シミュレーションで弥生時代の水面を再現すると、このあたりは島だったようです。(点在する灰色部分が陸地)

葛城神社水面上昇図
葛城神社付近水面上昇シミュレーション図

境内には推定樹齢200年、垂乳根の銀杏があります。

幔幕と拝殿にある紋は半菊に一文字。

御所市の葛城神社と同じです。

ところで。

本殿に目を向けると、鬼板と懸魚は梅紋になっています。

近隣から合祀されたと思われる天満宮の石祠がたくさんあったので、関係あるのでしょうか?

さらに拝殿の破風尻飾りに山桜らしき紋がありました。

頭貫(かしらぬきのこれは。。。。

うーん。

もう少し周辺を見てみようと思っています。

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