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猿石はここに置かれて猿田彦になった

大和高取城
大和高取城

いつものようにブログやツイッターを巡回していると、猿田彦に関連する投稿を目にすることが重なりました。

これは書けということかしら?

『那珂川の歳時月例』という本に、猿田彦の碑は北欧の夏至祭りの立柱(メイポール)が起源みたいな話がありまして、フェイスブックで少し紹介してそのままになっていたのです。

猿田は猿田で、「赤米を作る田」のことと『儺の國の星拾遺』に書いてあり、まだ日本書紀も古事記もない頃の話となっていますので、当然この時点で猿田彦神とは関係ありません。

遙か昔のとある地域で、夏至を祝う時期と米の収穫を祝う時期が重なって、二者が習合したのではないか?と思ったりしています。二つの民族が居たのかも。

その後、人の移動とともに広がって、いつしか神格が生まれ名前ができ、時代ごと土地ごとにいろいろな役が被さっていった?
もちろんそう単純な話では無いと思いますが。

近世になると猿田彦神はすっかり定着し、「サル」という音と動物の「猿」が通じて猿の姿で表されるようになりました。

例えば、欽明稜の猿石。

高取城の登城路にこのように置かれています。

ここに置かれることで猿田彦神になったかのよう。まるで道祖神です。


どうでもいいことですが、高取城への道ってこんなです。
比高日本一ですって。
頑張りました。

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